平成24年越ケ谷秋まつり
越ヶ谷秋まつり日程と経路渡御・還御行列山車と人形過去の風景久伊豆神社

越ヶ谷秋まつり

■越ヶ谷の秋まつりとは‥

江戸時代中期の元禄時代から伝わる、五穀豊穰(ごこくほうじょう)を祝う祭

越谷郷の鎮守社である久伊豆(ひさいず)神社の例祭(9月28日・隔年に一度)に祭神様を氏子地域(町内)に設けられたお仮舎にお迎えする神輿渡御(しんよとぎょ)行列と、お帰りになる神輿還御(しんよかんぎょ)行列を旧越ヶ谷八ヶ町の山車(だし)八台が供奉(ぐぶ)して町内を練り歩きます。

山車の町内曳廻しは、この2回の行列(渡御・還御)を含め、祭り開催2日間で計6回
他の4回は乱曳(らんびき)といわれ、二手に分かれ越谷駅周辺の町内を曳廻します。

昔は祭りが賑やかなため「越ヶ谷のばか祭り」とも称せられました。

 

■開催日

平成24年10月6日(土)・7日(日)

概ね隔年に一回
開催時期は従来のしきたりを固持し、九月二十八日の神社の正式行事の祭礼の後に開催
昔は曜日に関係なく、二十八・二十九の両日行われましたが、現在は、十月の第二土曜・日曜日の開催

point

祭りを楽しむポイント1!
普段、あまり聞きなれない用語‥
少しだけ解説してみました。参考まで。

用語(単語)の意味

五穀豊穣‥(ごこくほうじょう)
五穀=代表的な人間の主食。日本では、米・麦・栗・豆・黍(きび)または稗(ひえ)とされているが、時代や地方により多少異なる。 豊穣=穀物がみのり豊かなこと
鎮守社‥ (ちんじゅしゃ)
特定の建造物や一定区域の土地を守護するために祀られた神を鎮守神。 その神を祀る社(やしろ)のこと
久伊豆神社‥(ひさいずじんじゃ)
越谷市越ヶ谷にある神社
創建は、平安時代中期とされる。江戸時代には、鴨狩りの折に越谷に宿をとっていた徳川の将軍が参拝されたと言われ、社紋「立葵」はその際に徳川将軍家から、奉納された と伝えられている
大国主命・言代主命(大黒様とえびす様)の二柱を主祭神
高照姫命・溝咋姫命・天穂日命 の五柱を奉斎
例祭‥  (れいさい)
=例大祭。神社で毎年行われる祭祀のうち、最も重要とされるもの
氏子‥  (うじこ)
同じ地域(集落)に住む人々が共同で祀る神道の神を氏神(うじがみ)。その神を信仰するもの同士を氏子という
神輿渡御‥ 神輿還御‥(しんよとぎょ・しんよかんぎょ)
神霊が宿った神体や依り代(よりしろ)などを神輿(みこし)に移し、氏子地域内への行幸、御旅所(おたびしょ)や元宮への渡御などが行われる
往路を渡御(とぎょ)、復路を還御(かんぎょ)
御旅所‥(おたびしょ)
神社の祭礼において神が巡行の途中で休憩または宿泊する場所あるいは神幸の目的地
神の行幸‥(=神が外出すること)
神幸祭‥ (しんこうさい)
神の行幸(ぎょうこう)が行われる神社の祭礼
供奉  ‥ (ぐぶ)
行幸や祭礼などのときにお供の行列に加わること
越谷と越ヶ谷の違い‥
昭和20年から30年にかけて、日本全国で実施されたのが、昭和の大合併。 その際、当時の2町8ヶ村が合併し越谷町になる 越ヶ谷町・大沢町・新方村・桜井村・大袋村・荻島村・出羽村・蒲生村・大相模村・増林村
その後、現在の川柳地区が草加市(当時、草加町)から越谷町に編入され、現在の越谷市に構成
現在の越ヶ谷は、越谷市の一地区。そのため昔の越ヶ谷町のエリアを示す場合を 「越ヶ谷」、越谷の全域を示す場合を「越谷」としている

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